クダクラゲは、クローンである「個虫」が集まって一つの生物のように機能する群体性のクラゲです。 個虫は、推進力担当や浮力担当、捕食担当、繁殖担当などの役割が決められて発生し、連結することで一つの生物を構成します。 死ぬと連結は外れて崩壊します。
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Siphonophorae
クダクラゲは、クローンである「個虫」が集まって一つの生物のように機能する群体性のクラゲです。 個虫は、推進力担当や浮力担当、捕食担当、繁殖担当などの役割が決められて発生し、連結することで一つの生物を構成します。 死ぬと連結は外れて崩壊します。
「クラゲ来襲」を待つ楽しみ
伊豆半島の西側、肩のように突き出した大瀬崎は、ダイバーには有名な「奇妙な海」です。 季節によって様々な“奇妙”が起こりますが、冬の「クラゲ来襲」はそのひとつと言えるでしょう。
本格的な冬を迎える頃、強めの北東風が吹き続けると、大瀬崎の湾内には沖を漂っていた浮遊生物たちが押し寄せることがあります。 それはまるで、海の表情が突然変わるような瞬間です。 もちろん自然のことですから、毎回起こるわけではありませんが、気温も水温も下がる中、「今度は来るんじゃないか?」と期待しながら待つ時間そのものが、冬の大瀬崎の楽しみでもあります。
概要
和名:クダクラゲ目
英名:Siphonophore
学名:Siphonophorae
提供映像(サンプル映像は低画質版です)
分類・分布
【分類】刺胞動物門 > ヒドロ虫綱 > クダクラゲ目
【分布】世界中の海に広く分布し、表層から深海まで様々な環境で見られます。
特に外洋性の種類が多く、日本近海でも黒潮域や沿岸の表層で観察されることがあります。
特徴・雑学
クダクラゲは「One for all, all for one」
クダクラゲは、ひとつの生物ですが、体は「個虫(こちゅう/zooid)」と呼ばれるクローン個体の集合によって構成されています。
先端の出芽帯(budding zone)から発生した個虫(1)には、それぞれ役割があり、浮力を調整する気泡体(pneumatophore)、推進力を生み出す泳鐘(えいしょう/nectophore)、摂餌や消化を担当する栄養体(gastrozooid)、 触手や感覚機能に関わる感触体(tentacular palpon)、生殖を担当する生殖体(gonophore)などに分化しています(2)。
これらの個虫は全て、中心を通る「幹(stem)」と呼ばれる軸に連結し、ひとつのクダクラゲとして機能します。
ただし、すべてのクダクラゲで、これらの役割の個虫が揃っているわけではなく、気泡体を持たない種類や、泳鐘を欠く種類なども存在します。
推進力を生みだすクダクラゲの泳鐘
▲ トウモロコシのように並ぶヨウラククラゲの「泳鐘群」
▲ アイオイクラゲの2つの泳鐘と長く伸びる「幹群」
ヨウラククラゲの泳鐘は、トウモロコシのように細かく並び、「泳鐘群(nectosome)」と呼ばれます。 一方、アイオイクラゲでは二つの泳鐘を持ち、その下には、栄養体や生殖体、感触体などが規則的に並ぶ「幹群(siphosome)」が伸びています。 幹群の中心には「幹(stem)」と呼ばれる軸が通っており、すべての個虫が接続しています。 この幹は、種類によっては非常に細く、鉢虫綱のクラゲの触手のようにも見えますが、構造や役割はまったく異なるものです。
さらに幹群では、栄養体・触手・感触体・生殖体などが一定の組み合わせで繰り返し並ぶ構造を持ち、このひとまとまりを「コルミディウム(cormidium)」と呼びます。 クダクラゲは、こうした規則的なユニットを幹へ連続的に形成することで、ひとつの群体を作り上げているのです。
個虫が幹に並ぶ幹群
▲ とても繊細なシダレザクラクラゲの幹群
▲ 黄色い栄養体が目立つアイオイクラゲの幹群
泳鐘は脱落しやすい
カツオノエボシの青い風船はクダクラゲの気泡体
クダクラゲの仲間の中でも特に有名なのが、強い毒を持つカツオノエボシです。 水面に浮かぶ青い浮き袋状の部分は、気泡体(きほうたい)と呼ばれます。
おおよそ190種いると言われるクダクラゲの中で、気泡体によって完全に水面に浮く種類はむしろ少数派です。 多くのクダクラゲは、海中を漂いながら生活しています。
小さな気泡体の浮力で海中を漂うボウズニラ
▲ ボウズニラに泳鐘は無い
泳がないが、幹群の伸縮を繰り返していた
19世紀の未知の生物採取
クダクラゲは非常に繊細な生物で、採集すると群体が崩れてしまうことも多く、19世紀当時は、その構造すら十分に理解されていませんでした。 そのような時代に行われたのが、1872年から1876年にかけての「H.M.S.チャレンジャー号探検」です。 イギリス海軍の探査船チャレンジャー号は、世界中の海を航海し、深海生物や海底地形の調査を行いました。
当時は音波測深機も存在せず、重りを付けたロープを海底まで垂らしての観測でしたが、現在、地球で最も深い海とされる地点にも、重りを8000m以上垂らして観測しています。 その偉業を称え、この船の名前から「チャレンジャー海淵」と呼ばれています。
探検後には、エルンスト・ヘッケルらによって大量の研究報告書と精密図版が制作され、クダクラゲの複雑な群体構造も詳細に記録されました(3)。
これらの図版は、DNA解析すら存在しなかった時代に、人類が未知の深海生物を理解しようとした歴史的資料として、現在でも高く評価されています。
H.M.S.チャレンジャー号報告書に掲載されたクダクラゲ図版
▲ 細密に描かれたクダクラゲ
出典:Ernst Haeckel『Report on the Siphonophorae collected by H.M.S. Challenger during the years 1873-76』(1888)
Internet Archive より
集団なのに1個体 生命体の「ひとつ」とは?
クダクラゲを人間に例えるなら、「胃を担当するクローン」「足を担当するクローン」「生殖を担当するクローン」などが、それぞれ“パーツ”として存在し、連結してひとりの人間を形成しているようなものです。
これらのパーツは、神経細胞や筋肉細胞のような「細胞」ではなく、「個虫(zooid)」と呼ばれる個体です。
それぞれがひとつの生命体としての性質を持ちながらも、単独では生きることができず、連結することでひとつの生命を形作っています。
このような形態を「群体生物(Colonial organism)」と呼びます。
一方で、物理的には繋がっていない個体同士が協力し、「ひとつの生物」のように振る舞う集団を「超個体(superorganism)」と呼びます。
例えば、女王アリや働きアリが高度な分業を行うアリのコロニーが、その代表例です。
個々のアリは独立した個体ですが、単体では生きていくことが難しく、集団全体でひとつの生命体のように機能しているという考え方です。
この「超個体」をさらに押し広げたものが「ガイア理論」で、地球そのものを巨大なひとつの生命体として捉える思想です。
これらはいずれも、「ひとつの生命とは何か」という問いを探求するものであり、役割分担の特化したクダクラゲは、その議論の中でも特に興味深い生物として知られています(4)。
展示も標本も難しいクダクラゲ
クダクラゲは非常に繊細な生き物で、わずかな衝撃でも群体が崩れてしまいます。 そのため、生きたままの長期展示や、完全な形での標本保存は難しいとされています(5)。
サンゴは群体生物だが、役割分担をしない
サンゴもクダクラゲと同じく、多数の個体が集まって暮らす「群体性」の生物です。
サンゴのポリプは、一見すると独立した小さなイソギンチャクのように見えますが、実際には「共肉(coenosarc)」と呼ばれる組織で繋がっており、あるポリプが得た栄養は群体全体で共有されています。 ただし、多くのサンゴでは、それぞれのポリプがほぼ同じ形と役割を持っており、いわば「同じ住人が集まった共同住宅」のような構造です。
一方、クダクラゲでは、「泳ぐ」「食べる」「繁殖する」など、個虫の役割が高度に分化しており、まるで胃や筋肉、生殖器そのものが独立した生命体として連結しているかのような構造をしています。 同じ「群体生物」でも、その成り立ちや役割分担のあり方は大きく異なっています。
一つ一つのポリプは、同じ仕事をするクローン
食・利用
食用にはされません。
クダクラゲの推進制御能力を水中ロボットに応用する
クダクラゲは、複数の泳鐘が協調して推進する特殊な遊泳方法を持っています。
この「分散推進」の仕組みは、水中ドローンやソフトロボティクスなどの工学研究にも応用が期待されており、高効率な水中推進システムを実現するために、クダクラゲの分散推進が研究されています(6)。
毒・危険性
触手には刺胞があり、種類によっては刺激、または激痛を感じる場合があります。
まったく生物に見えない種類もあるので、海中では肌を露出させないことが有効な防御になります。
クダクラゲのように群体ではない
参考資料
▶ 見る
▶ 見る
峯水亮、久保田信、平野弥生、ドゥーグル・リンズィー共著
平凡社
(クダクラゲ類における群体レベル発生の進化)
Casey W. Dunn, Günter P. Wagner
Development Genes and Evolution(2006)
DOI:10.1007/s00427-006-0101-8
▶ 見る
(シダレザクラクラゲ(クダクラゲ類)の組織学)
Samuel H. Church, Stefan Siebert, Pathikrit Bhattacharyya, Casey W. Dunn
Journal of Experimental Zoology Part B: Molecular and Developmental Evolution(2015)
DOI:10.1002/jez.b.22629
▶ 見る
(1873〜1876年のH.M.S.チャレンジャー号探検で採集されたクダクラゲ類に関する報告書)
Internet Archive
MBLWHOI Library
▶ 見る
(クダクラゲ ― 群体として生きる存在)
Channel Islands Marine & Wildlife Institute (CIMWI)
CIMWI Blog(2023)
▶ 見る
市立室蘭水族館 日記(2023)
市立室蘭水族館
▶ 見る
(フィソネクト類クダクラゲにおける分散推進は、高速かつ効率的な遊泳様式を可能にする)
Kakani Katija, John O. Dabiri ほか
Proceedings of the National Academy of Sciences(2022)
DOI:10.1073/pnas.2202494119
▶ 見る