カンテンカメガイは、翼足目という巻貝の仲間です。 鳥が羽ばたくように動かしている部分は「足」で、一般的な貝と違い浮遊しながら生活します。 貝殻が無いように見えますが、内部に軟骨のような透明な貝があります。
概要
和名:カンテンカメガイ
英名:Sea butterfly
学名:Corolla ovata (Quoy & Gaimard, 1833)
- 撮影場所:静岡県沼津市
- 撮影時期:12月
- 主な水深:水面近く
- 映像特徴:海中を羽ばたきながら漂うカンテンカメガイ
提供映像(サンプル映像は低画質版です)
- コーデック:H264-MPEG4AVC
- 解像度:1920x1080
- フレームレート:59.94
- 総ビットレート:60615kbps
- 長さ:0 分 49 秒
- サイズ:354MB
分類・分布
【分類】軟体動物門 > 腹足綱 > 翼足目 > ヤジリカンテンカメガイ科 > カンテンカメガイ属 > カンテンカメガイ
【分布】外洋の表層〜中層、黒潮など暖流系の海域。
特徴・雑学
カンテンカメガイは、海中を漂う浮遊性の巻貝です。 普段は沖合に生息していますが、潮流や風の影響で、沿岸で見られることもあります。
透明でゼラチン状、軟骨状の殻(擬殻)をもつ巻貝で、遊泳板と呼ばれるヒレを羽ばたかせて泳ぐ「翼足類」の仲間です。
姿が似ているウチワカンテンカメガイ(Corolla spectabilis)とは、遊泳板が擬殻を超えないことなどで見分けられます(1)。
透明で透けた体と擬殻にすることで、外洋の中層で外敵に見つかりにくくしていると考えられています。
透明なカンテンカメガイの体
▲ 肉眼で擬殻は見えない
「擬殻」浮遊するために貝殻も進化する
カンテンカメガイ類の体を包む半透明の構造は、「擬殻(ぎかく / pseudoconch)」と呼ばれています。
これは一般的な巻貝のような石灰質の貝殻ではなく、主にコンキオリン(conchiolin)と呼ばれる有機物からできた、軟骨のような性質を持つ構造です。
コンキオリンは、もともと普通の貝殻にも含まれているタンパク質性の有機物で、一般的な貝では石灰質を支える“骨組み”のような役割を担っていますが、
カンテンカメガイ類では、このコンキオリン主体の軽量な構造が発達し、擬殻の主成分となっています。
カンテンカメガイの先祖も、もともと石灰質の殻を持つ巻貝であったと考えられています。
しかし、外洋を漂う浮遊生活へ適応する過程で、重い殻は不利となりました。
そこでカンテンカメガイ類では、石灰質の殻を縮小・消失させ、軽量な擬殻へ進化したと考えられています。
この擬殻は半透明で、内部に内臓が収められています。
また、薄い上皮に覆われているため、通常の貝のように「体の外側に付いた硬い殻」というより、“体内に取り込まれた半透明のケース”に近い構造とされています(2)。
漁業?網をかけて捕食する貝
カンテンカメガイ類は、体から分泌した粘液で透明な網を作り、海中を漂うプランクトンや有機粒子を捕らえます(3)。 十分に餌が集まると、その網を回収して丸ごと飲み込みます。この「粘液ネット摂餌」は翼足類に特有の方法で、目に見えない巨大な漁網を海中に広げるような仕組みです。
フランスの威信をかけた調査航海
ジャン・ルネ・コンスタン・クォイ(Jean René Constant Quoy/1790–1869)はフランス西部ヴァンデ県マイエ出身の軍医・動物学者・解剖学者であり、 ジョゼフ・ポール・ゲマール(Joseph Paul Gaimard/1793–1858)は南フランスのサン=ザカリ出身の軍医・博物学者でした。 二人はフランス海軍の軍医として航海に参加しながら、世界各地の生物を調査した19世紀を代表する博物学者コンビです。
1826~1829年、二人はジュール・デュモン・デュルヴィル率いる探検船「アストロラーベ号(Astrolabe)」に乗船し、太平洋、オセアニア、ニュージーランド、ニューギニア周辺など広大な海域を調査しました。 この航海は、ナポレオン戦争後のフランスが国家の威信をかけて推進した科学探検事業の一つであり、軍艦に博物学者や軍医、画家を乗せ、未知の生物や地理、民族などの調査や未踏海域の測量をする国家的計画でした。
実はこのアストロラーベ号は、もともと「コキーユ号(Coquille)」という名前の船でした。
コキーユ号による1822~1825年の世界周航には、コノハゾウクラゲ属 Pterosoma を記載したルネ・プリムヴェール・レッソン(René Primevère
Lesson/1794–1849)が軍医兼博物学者として乗船しています。
船は帰国後にアストロラーベ号へ改名され、次の航海へと送り出されました。
さらに興味深いことに、アストロラーベ号にはレッソン本人ではなく、その弟であるピエール・アドルフ・レッソン(Pierre Adolphe Lesson/1805–1888)が軍医補兼植物学者として乗船していました。
兄弟で同じ船に乗り、世界の探検史に関わっていたことになります。
この公開もフランスの国家事業であった
帰国後、クォイとゲマールは航海中に採集した膨大な標本と観察記録を整理し、フランス政府支援の国家的出版事業として
『Voyage de la corvette l'Astrolabe exécuté par ordre du Roi』(王命によるアストロラーベ号航海記)を刊行しました(4)(5)。
この大著には魚類、鳥類、軟体動物、クラゲ類など数多くの生物が収録されており、カンテンカメガイも当時の学名 Cymbulia ovata として記載されています。
現在は分類が見直され、Corolla ovata とされていますが、その原記載と図版は1833年に刊行されたアストロラーベ号の軟体動物編に残されています。
クォイとゲマールによるカンテンカメガイの解説
▲ 現在とは属名が違う
Jean René Constant Quoy & Joseph Paul Gaimard『Voyage de la corvette l'Astrolabe, Zoologie, Tome II,
Mollusques』(1833)
出典: Biodiversity Heritage Library
カンテンカメガイの図版
▲ 25と30がカンテンカメガイ
▲ 30の図は神経?
Quoy, J. R. C. & Gaimard, J. P.『Voyage de la corvette l'Astrolabe, Mollusques Atlas, pl.27』(1833)
出典: Biodiversity Heritage Library
解説には、大量発生したものの非常に脆い生物であることが書かれている
[訳]
卵形キンブリア Cymbulia ovata, nob.第27図版 図25〜30
キンブリア。体は卵形で丸みを帯び、殻はやや軟骨質で柔らかく、半透明で、微細な棘を備える。翼は細長い披針形で、網目状の模様をもち、白色である。
この種では、殻は卵形で膨らみをもち、中央部がふくらみ、両端はやや尖る。表面には小さな角状突起が密生しているが、それらはペロンのキンブリア (Cymbulie de Péron) のものほど硬くはない。 開口部は楕円形で斜めに開き、下縁には小さな舌状突起がある。
動物本体には二枚の大きな遊泳翼があり、それらは卵形で、やや披針形をなし、表面には細かな網目模様がある。 ヒアレ (Hyales)と同様に、その前方では一枚の膜によって連結され、その縁には漏斗状に開く口が存在する。
食道はかなり長く、腸管は非常に短い。 直腸は後方へ向かって伸びている。消化器官は黒い塊を形成しており、外套膜に包まれていて、その膜によって殻の頂部へ付着している。 心臓はほぼ中央に位置するが、動物を前方から見た場合にはやや左寄りに見える。 頭部神経節は四つの結節から成り、そのうち上側の二つはより細長く、遊泳翼へ向かう神経を送り出している。 他の神経束は体の各部へ分岐している。後方に見える二つの黒点は、軟体動物が殻の外へ出ている時には眼である可能性が高い。
これらの動物は、色づいた内臓の一部を除けば白色であり、口の縁にはわずかな淡紅色が見られ、また遊泳翼の周囲には鈍い白色の斑点が存在する。アンボイナ湾へ流れ込む潮流、またそこから流れ出る潮流によって、この種は数千単位で我々のもとへ運ばれてきた。 しかしその体は極めて脆く、わずかな水の動きだけでも容易に損傷してしまうため、完全な個体を得るまでには長い時間を要した。百個体に一つを得るのがやっとであった。 また、この動物が軟骨状の外被を失った際、それを再生するのかどうかについて、我々は知らない。
ただ確かなことは、それを失っても苦しんでいるようには見えず、小さな遊泳翼を波の表面で以前と同じ力強さで動かし続けていた、ということである。
食・利用
食用や地域文化としての利用は、ありません。
毒・危険性
人に対して有害な刺胞などの資料はありません。
羽ばたくように泳ぐ、浮遊性巻貝のクリイロカメガイ
浮遊生活をする翼足類の巻貝
参考資料
- JAMSTEC BISMaL(分類情報)
▶ 見る - World Register of Marine Species(分類情報)
▶ 見る -
日本近海産貝類大図鑑
奥谷喬司編著
東海大学出版部 - 1)わが国近海に見られる浮遊性巻貝類
奥谷 喬司
うみうし通信 No.93(2016)
▶ 読む - 2)Pseudothecosomata
(偽殻翼足類)
Gofas, S. / Opistobranquis.info
Opistobranquis.info
▶ 見る - 3)In situ Observations of Feeding Behavior of Thecosome Pteropod Mollusks
(有殻翼足類(カメガイ類)の野外における摂餌行動の観察)
Ronald W. Gilmer
American Malacological Bulletin 8:53–59(1990)
DOI: 10.5281/zenodo.15965356
▶ 見る - 4)Voyage de l'Astrolabe, Zoologie, Tome II, Mollusques
(アストロラーベ号航海記 動物学編 第2巻 軟体動物)
Jean René Constant Quoy & Joseph Paul Gaimard
J. Tastu(1833)
DOI: なし
▶ 見る - 5)Voyage de l'Astrolabe, Mollusques Atlas, pl.27
(アストロラーベ号航海記 軟体動物図譜 第27図版)
Jean René Constant Quoy & Joseph Paul Gaimard
J. Tastu(1833)
DOI: なし
▶ 見る