アオリイカの交接

行為は瞬間!腕で届ける遺伝子カプセル

Sepioteuthis lessoniana

アオリイカの交接をとらえた水中映像です。オスは、精子の入ったカプセル「精莢(せいきょう)」を、腕を使ってメスへ渡します。交接の直前には、合図を送るような様子も見られます。

🔬 専門資料・出典引用(5件)

隠れるように、さっと渡す

伊豆の海では、初夏から夏の風物詩のようになっているアオリイカの産卵です。 ダイビングのエリアに設置された「粗朶」と呼ばれる産卵床に卵を産みに来るアオリイカはとても優雅で、何度見ても飽きることはありません。
産卵の前には精子を渡す「交接」が行われるのですが、少し違うところで行います。 産卵を見ているダイバーからすると、後ろを振り向いて見上げるような方向です。
優雅な産卵シーンの最中に、後ろを振り向くことはあまりしませんので、見る機会は少ないかもしれません。

概要

和名:アオリイカ

英名:Bigfin reef squid

学名:Sepioteuthis lessoniana Lesson, 1830

  • 撮影場所:静岡県伊東市、賀茂郡
  • 撮影時期:7月
  • 主な水深:12m
  • 映像特徴:アオリイカの交接の瞬間

提供映像(サンプル映像は低画質版です)

  • コーデック:H264-MPEG4AVC
  • 解像度:1920x1080
  • フレームレート:59.94
  • 長さ:2 分 12 秒
  • サイズ:648MB

分類・分布

【分類】軟体動物門 > 頭足綱 > ツツイカ目 > ヤリイカ科 > アオリイカ属 > アオリイカ

【分布】(タイプ別の整理)

  • [シロイカ型] 房総半島、北海道石狩湾、オホーツク海から南西諸島、インド西太平洋全域、北オーストラリア、ペルシャ湾、紅海、マダガスカル、モザンビークまで。水深100m以浅の砂底。
  • [アカイカ型] 伊豆諸島、三重県以南、和歌山県、徳島県、大隅半島、屋久島、種子島、奄美大島、南西諸島、ベトナム、インドネシア。水深100m以浅の砂底。
  • [クワイカ型] 父島、奄美大島、沖縄島、南大東島、先島諸島。サンゴ礁の礁縁。

特徴・雑学

実は3タイプある・あなたの「アオリイカ」はどのタイプ?

アオリイカには、シロイカ型・アカイカ型・クワイカ型の3型があるとされています。
シロイカ型とアカイカ型の容姿は、ほぼ同様なものの、シロイカ型に比べてアカイカ型の方が赤色色素が多く、茶色に近い赤みを帯びた体をしており、頭部下面の漏斗にも赤色色素が見られます。
また、産卵する卵嚢の中の卵は、シロイカ型で通常5個なのに対し、アカイカ型は6個から13個の卵が入るとされます。
クワイカ型は、シロイカ型・アカイカ型と比べて小型で、暗色の体色をしており、卵嚢の中の卵の数は1個から3個とされます。

容器に詰められた精子たち

イカ類の「交接」は、哺乳類のように生殖器を挿入する「交尾」とは異なります。
アオリイカの場合、オスの左第4腕が交接腕として機能し、この腕を用いて精子のカプセルである精莢(せいきょう、spermatangium)をメスに受け渡します。 雌の体内に入った精莢は、刺激に反応して破れ、中に収納されていた精子が放出されます。 放出された精子はメスの体内に保持され、その後、産卵の際に卵が体外へ放出されるタイミングで、精子に触れることで受精します。

アオリイカのメスは、口の腹側にある精子受容嚢(SR:seminal receptacle)に、複数のオスの精子を同時に貯蔵することができます。 実際に遺伝解析によって、1個体のメスが複数のオスと交接し、異なる遺伝子を同時に持つことが確認されています。

渡せば成功!ではない 交接の戦略

アオリイカのオスは、体の大きさやその場の競争状況に応じて、交接の姿勢や精莢のタイプを使い分ける柔軟な戦略があります。
交接姿勢は主に2つのタイプが知られており、大型のオス(コンソート雄:consort male)は、メスと並ぶように交接する「雄平行型交接(male-parallel mating)」を行い、 比較的大きな精莢を用いて、確実に精子を渡そうとします。
一方、小型のオス(スニーカー雄:sneaker male)は、他のオスの隙を突くように接近し、小さな精莢をメスの口周辺(buccal area)に付ける「雄反転型交接(male-upturned mating)」を行うことで、 激しい競争の中でも自分の精子を雌へ渡そうとします。

ただし、精莢のタイプは「大型のオスは大型、小型のオスは小型」と固定されているわけではありません。 同じオスであっても、その場の競争状況や雌との位置関係に応じて、用いる精莢の形や大きさ、交接様式を切り替えることがあります。
実際に、大型のオスが小型の精莢をメスに渡す例も確認されています。 精莢のタイプや交接姿勢は、「大型雄」「小型雄」といった固定された役割に対応するものではなく、その瞬間に最も子孫を残せる可能性が高い組み合わせが選ばれていると考えられています(*2)。

アオリイカの交接行動は、雌の精子貯蔵という仕組みを前提に、雄が精莢のタイプや交接様式を柔軟に使い分けて、自らの遺伝子を次世代へ残そうとする、戦略的な交接といえます。
本映像の交接は、オスがメスの下に回り込む雄平行型交接で、左第4腕をメスの外套腔内部に挿入しています。

交接の後に産卵するアオリイカ 産卵するアオリイカの水中映像。産卵を促す「粗朶」産卵床に産み付けている。産卵の間、雄はすぐ近くで見守っている。

オスはすぐ近くで見守る

食・利用

アオリイカの漁獲量は多くなく、比較的高級なイカとして取り扱われます。
ねっとりとして甘みのある食感は、刺身や寿司などの生食をはじめ、天ぷら、塩焼き、煮付けなど幅広く親しまれていますが、 特に生での透明感や食感、甘味などを重視するため、漁獲された地で消費されることが多く、冷凍や干物などの加工品になることは少ない傾向があります。
堤防や磯のすぐ近くに生息し、日中でも疑似餌に反応することなどから、日本伝統の「餌木」を改良したルアーでの「エギング」が人気です。

毒・危険性

イカの精莢(せいきょう)は、繁殖のために高度に特化した生殖器官で、白色で細長く、非常に硬い構造をしています。
精莢は、交接時に確実に機能するよう、圧力や温度などの刺激を受けると反応し、中身が反転して突出する仕組みを備えており、その際、付着した対象に刺さるように固定されます。 このため、イカを生食する際に、体内に残っていた精莢も一緒に食べてしまうと、噛む動作や体温、唾液などの刺激によって精莢が反応し、口腔内や咽頭、食道、まれに胃の内側に刺さることがあります。 このような現象は、医学的には「イカ精莢刺入症」と呼ばれており、生のイカに精莢が残っていた場合、イカの種類を問わず起こり得る現象であることが分かっています。

刺さる精莢・一度刺さったら抜けない仕組み

日本でのアオリイカの精莢を生食したことによる症例報告は確認されませんでしたが、報告されている症例の多くでは、イカ類を生食中に突然の鋭い痛みに襲われ、その後も鈍痛が続いたため受診しています。 これらの症例では、外科的な処置によって精莢が取り除かれています。
スルメイカの精莢が舌に刺さった症例では、自ら手で引き抜いたものの痛みは治まらず、医療機関において残った先端部分を外科的に取り出す処置が行われた例があります(*3)。

メスの口部周辺に付着している精莢は、硬さが残っていても、すでに反応して精子を放出した後である場合がほとんどであり、生食しても問題はありません。 しかし、未反応の精莢が混在している可能性も否定できないため、安全の観点からは、精莢はすべて除去することが必要です。

アオリイカと対極のような「歯ごたえ」が楽しめるヤリイカ 定置網の中で撮影したヤリイカの水中映像です。ダイビングではなかなか見られないイカです。

店頭に並ぶのは、ほとんどが雄

驚くほど激しい求愛をするボウズコウイカのオス 激しい求愛をするボウズコウイカの水中映像。突然の激しい求愛に驚いたが、雌も驚いたようで逃げていった。

この時は雌に逃げられていた

参考資料

  • JAMSTEC BISMaL(分類情報)
    ▶ 見る
  • World Register of Marine Species(分類情報)
    ▶ 見る
  • *1)日本のイカ・タコ
    土屋幸太郎、阿部秀樹著
    平凡社
  • *2)Multiple male contributions to sperm storage via spermatangia in the oval squid Sepioteuthis lessoniana (Loliginidae)
    (アオリイカ(ヤリイカ科)における精莢を介した精子貯蔵への複数雄の寄与)
    Ayuto Hasegawa , Diego Deville , Yukio Ueta
    Marine Biodiversity(2025)
    ▶ 見る
  • *3)ヤリイカの精莢による舌刺傷例
    八木 欣平/高橋 健一/内山 茂夫/宮本 健司
    道衛研所報(北海道立衛生研究所報) 第39集(1989)
    ▶ 見る