アオリイカ産卵

産卵のペアダンス

Sepioteuthis lessoniana

Blogger 撮影コラム:「アオリイカの産卵」

概要

和名:アオリイカ(産卵)

英名:Bigfin reef squid / Oval squid

学名:Sepioteuthis lessoniana Lesson, 1830

撮影地:静岡県伊東市 水深8m、12m

提供映像(サンプル映像は1280x720.30pです)

分類・分布

門:軟体動物門
綱:頭足綱
目:ツツイカ目
科:ヤリイカ科
属:アオリイカ属
種:アオリイカ

特徴・雑学

ほんのわずかに扁平する円筒型の外套膜は、先端に向かって緩やかな曲線で尖ります。 大きな鰭が特徴で、外套膜左右の頭部から先端まで縁全体にあるのが特徴です。

 

【混在する3タイプのアオリイカ】
アオリイカには、シロイカ型・アカイカ型・クワイカ型の3型があるとされています。
シロイカ型とアカイカ型の容姿は、ほぼ同様なものの、シロイカ型に比べてアカイカ型の方が赤色色素が多く、茶色に近い赤みを帯びた体をしており、頭部下面の漏斗にも赤色色素が見られます。 また、産卵する卵嚢の中の卵は、シロイカ型で通常5個なのに対し、アカイカ型は6個から13個の卵が入るとされます。
クワイカ型は、シロイカ型・アカイカ型と比べて小型で、暗色の体色をしており、卵嚢の中の卵の数は1個から3個とされます(*1)。

 

【産卵から孵化まで】
シロイカ型の産卵は、伊豆半島で4月下旬から10月上旬です。 1個体の雌が1度に産む卵嚢の数は55から302で、およそ50日間の間に1日から9日間の間隔を開けて11回、合計で1,540の卵嚢(卵数は7,780)を産卵したという研究報告があります(*2)。
雄が雌の体内に精子のカプセル(精莢)を挿入した後に、海藻の基底部付近に卵嚢の片側を絡めて付けて産卵します。 産卵直後は、真っ白でくびれの無い卵嚢ですが、時間が経つとともに中の卵の数に合わせてくびれて鞘状になり、表面には珪藻などが付着して茶色に見えるようになります。
孵化までの期間は水温により変動しますが、水温25度の場合は23日から26日で孵化するとされています(3*)。

 

参考動画:交接するアオリイカ

 

【獲るから増やすへ】
木の束を海底に沈めた「粗朶漁礁(そだぎょしょう)」を、アオリイカの産卵促進に活用するという方法が、いつごろから始まったのかは定かではありません。 しかし、枝や小木を束ねて水中に沈め、生物を集めるという技術そのものは、かなり古くから存在していたことが、歴史資料から確認できます。

平安時代後期(約1080〜1120年頃)に成立した『類聚名義抄』には、楚という文字に「ソタ」という和訓が付されており、木の枝を束ねたものをソタと呼ぶことが記されています(*4)。

 

類聚名義抄・佛下(木の部)

楚(イタムタカシ・カルソタ)

ここでいうソタは、小枝や荒枝を刈り集めた構造物を指す語であり、後世の「粗朶(そだ)」につながる言葉としての意味をすでに備えています。

ソタ(楚・朶)という呼称が、いつ頃から「粗朶(そだ)」という表記に整理されたのかは明らかではありませんが、枝を束ねた構造物を指す語としての用法自体は、長く受け継がれてきたと考えられます。 土木分野では、約1300年前の山陰古道において、街道整備のための土木資材として、枝や小木を束ねた資材が用いられていた記録が残されています(*5)。
さらに近代に入ると、明治時代の大阪・淀川改修工事において、オランダ人技術者ヨハネス・デ・レーケが、当時最先端の河川工法として「粗朶沈床工法」を導入しました(*6)。 粗朶は現在でも河川工事に用いられており、「枝を束ね、自然環境の中で機能させる構造物」という考え方は、長い時間をかけて継承されてきたものといえます。

一方、漁業の分野に目を向けると、平安時代中期に編纂された『和名類聚抄・巻十五』に、「罧(けぎ)」という語が見られます(*7)。 そこでは、柴(枝・小枝)を水中に沈めて魚を集め、捕らえる方法が説明されており、その内容は、現在の粗朶漁法や粗朶漁礁と概念的にきわめて近いものです。

 

和名類聚抄・巻十五 「罧」

[原文]
罧 説文云 罧 音楚簪切 柴也 字亦作㯨 用柴漬水中 以取魚也 一物二名 魚罧也

[訳]
罧(けぎ) 辞書の『説文解字』によれば、中国語の発音は「楚簪切」である。これは柴(小枝・雑木)を意味する。罧は「㯨(けい)」とも書く。 柴を水中に沈めて設置し、魚を捕らえるものである。別名があり「魚罧(うぎ)」ともいう。

このことから、柴や枝を束ね、水中に設置して生物を集めるという発想自体は、すでに古代から存在していたことが分かります。

島根県の宍道町では、大量の枝を水中に沈め、魚が棲みついたところで周囲に網を設置し、枝を取り除いた後に魚を漁獲する「おだ漁法」(別名キガカリ)と呼ばれる漁法が知られています(*8)。 昭和22年以前から存在していたとされるこの漁法において、「おだ」は「御朶」と表記されることがあり、粗朶に対する丁寧語、あるいは敬意を込めた呼称である可能性があります。

 

参考動画:粗朶に棲む魚たち

 

罧(けぎ)という言葉が一般的な用語として広く定着しなかった背景には、燃料や生活資材としての小枝(柴)がきわめて身近な存在であり、 それらを束ねて何らかの用途に用いる行為自体が日常的であったため、罧という特別な名称を必要としなかった、という背景があったのかもしれません。

このように考えると、現代に見られる粗朶漁礁によるアオリイカの産卵促進は、近年新たに生み出された技術というよりも、 古くから存在していた「枝を束ね、目的に応じて水中で機能させる」という知恵が、用途を変えながら受け継がれてきたものと捉えることができます。

※以上は、文献記録や用語の使われ方をもとにした考察であり、確定的な歴史的事実を示すものではありません。

 

【増やすから見るへ】
沈設された粗朶漁礁に産卵するアオリイカは、一般のダイバーでも見ることができるエリアがあり、条件によっては手の届くような距離で観察できることもあります。 産卵が観察できるダイビングスポットでは、初夏から始まる季節の風物詩を見ようと多くのダイバーが集まり、粗朶漁礁は資源保護だけでなく、観光資源としても役立っています。
静岡県伊東市富戸のダイビングエリアでは、イセエビ漁の禁漁期間である4月下旬から9月上旬まで粗朶漁礁が設置されます。 産卵するイカを保護するため、伊東市内では4月1日から9月30日までの期間で、指定区域でのイカ類の採捕(釣り含む)が禁止されています(*9)。

 

映像は、静岡県伊東市赤沢地区での粗朶漁礁沈設の様子と沈設直後の産卵行動、富戸地区に沈設された粗朶漁礁と産卵行動、海底のロープに生えた海藻に産卵するアオリイカの様子をとらえています。
アオリイカの形は区別していません。

食・利用

ねっとりとして甘みのある触感は、刺身や寿司などの生食をはじめ、天ぷら、塩焼き、煮付けなど幅広く親しまれています。 漁獲量は多くなく、比較的高級なイカとして取り扱われます。 生での透明感や食感、甘味などを重視するため、漁獲された地で消費されることが多く、冷凍や干物などの加工品になることは少ない傾向があります。
堤防や磯のすぐ近くに生息し、日中でも疑似餌に反応することなどから、日本伝統の「餌木」を改良したルアーでの「エギング」が人気です。

毒・危険性

アオリイカに毒性はありません。

 

【食べると危険な精莢】
イカの精莢(せいきょう)は、繁殖のために高度に特化した生殖器官で、白色で細長く、非常に硬い構造をしています。
精莢は、交接時に確実に機能するよう、圧力や温度などの刺激を受けると反応し、中身が反転して突出する仕組みを備えており、その際、付着した対象に刺さるように固定されます。 このため、イカを生食する際に、体内に残っていた精莢も一緒に食べてしまうと、噛む動作や体温、唾液などの刺激によって精莢が反応し、口腔内や咽頭、食道、まれに胃の内側に刺さることがあります。 このような現象は、医学的には「イカ精莢刺入症」と呼ばれており、生のイカに精莢が残っていた場合、イカの種類を問わず起こり得る現象であることが分かっています。

日本でのアオリイカの精莢を生食したことによる症例報告は確認されませんでしたが、報告されている症例の多くでは、イカ類を生食中に突然の鋭い痛みに襲われ、その後も鈍痛が続いたため受診しています。 これらの症例では、外科的な処置によって精莢が取り除かれています。
スルメイカの精莢が舌に刺さった症例では、自ら手で引き抜いたものの痛みは治まらず、医療機関において残った先端部分を外科的に取り出す処置が行われた例があります(*10)

メスの口部周辺に付着している精莢は、硬さが残っていても、すでに反応して精子を放出した後である場合がほとんどであり、生食しても問題はありません。 しかし、未反応の精莢が混在している可能性も否定できないため、安全の観点からは、精莢はすべて除去することが必要です。

参考資料

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