ムチカラマツは、水深30mから500mに生息するとされる刺胞動物です。
非常に柔軟性のある骨格を持つ「黒サンゴ」と呼ばれる仲間で、人の骨の再形成を助ける材料としての研究も進められています。
潮流の速い場所に高密で群生する場合があり、ダイビングでは、こうした生物の生息状況から、その海域の特徴を読み取る手がかりとすることができます。
概要
和名:ムチカラマツ
英名:Whip Coral
学名:Cirrhipathes anguina (Dana, 1846)
- 撮影場所:静岡県沼津市平沢、大瀬崎、伊東市赤沢
- 撮影時期:2020年、2026年
- 主な水深:20m~30m
- 映像特徴:ムチカラマツ全景、寄り
提供映像(サンプル映像は低画質版です)
- コーデック:H264-MPEG4AVC
- 解像度:1920x1080
- フレームレート:59.94
- 長さ:2 分 48 秒
- サイズ:795MB
分類・分布
【分類】刺胞動物門 > 花虫綱 > ツノサンゴ目 > ウミカラマツ科 > ムチカラマツ属 > ムチカラマツ
【分布】相模湾以南の太平洋岸、インド・西南太平洋。水深30m~500m
特徴・雑学
ムチカラマツは、イソギンチャクやサンゴと同じく、刺胞動物・花虫綱に属する動物です。
まっすぐ、またはやや曲がったムチ状の体をしており、分岐することはありません。
通常は50cmほどの長さですが、1mを超える個体も珍しくなく、表面全体には、花のような小さなポリプが多数並んでいます。
ポリプは互いに連結しているわけではなく、それぞれが独立した個体ですが、単体では生きることができず、群体としてひとつの生物を形成しています。
生物で環境を読み取る
水深20mを超える深さから、海藻と置き換わるように出現し始めます。
沖合に面した岩礁の崖や急斜面を好み、潮の流れが発生しやすく、着生する基盤があるなど、条件が整った場所には高密度で群生する傾向があります。
面で流れを受け止めるゴルゴニア型(ウミウチワ類)よりも強い潮流に耐える構造をしており、ムチカラマツのみが高密度で群生する場所は、かなりの潮流が発生する場所であると判断できます。
このような環境でのダイビングでは、急な潮流の発生を想定した行動が求められます。
様々な生き物が隠れ棲む
ムチカラマツの周囲には、イボイソバナガニやムチカラマツエビ、ビシャモンエビ、ガラスハゼなど、マクロ観察で人気の高い生物が多く見られます。
細長い体表やポリプの隙間は、外敵から身を隠すのに適しており、小型の生物たちにとって格好の住処となっています。
一方で、これらの生物が見られる環境は比較的水深が深いことが多く、ダイビングでは潜水時間や残圧の管理に十分な注意が必要です。
直線か、螺旋か
外見は白っぽい緑色をしていますが、内部の骨格は黒色をしていることから「黒サンゴ」と呼ばれるツノサンゴの仲間です。
黒い色は主にゴルゴニンと呼ばれるタンパク質性の有機骨格によるもので、石灰質主体の白いサンゴとは異なり、柔軟で折れにくい性質を持ちます。
細長くしなやかな体は、流れに対して抵抗せず「なびく」ことで、力を受け流す構造になっています。
この直線的な構造は、螺旋構造に比べて形成コストが低く、成長に使うエネルギーを効率よく長さへと変換できるため、より高い位置へ伸びやすいという利点があります。
また、流れが一定方向に安定している環境では、ポリプが流れに揃って開くことで、餌となるプランクトンを効率よく捕らえることができます。
同じ仲間であるネジレカラマツは、螺旋状の構造によってあらゆる方向からの流れに対応する“万能型”の形態をしています。
それに対してムチカラマツは、直線的な構造を保ちながら流れに追従する“適応型”の性質を持っているといえるでしょう。
ムチカラマツのように群生しない
古代ギリシャのマヨケサンゴ
黒サンゴ類は、その黒く硬質な骨軸を持つ特異な性質から、古くより特別な力を宿す素材として扱われてきました。
紀元1世紀の古代ローマの博物学者、プリニウスがまとめた『博物誌』では、
古代ギリシャでは「アンティパテス(ἀντιπαθές)」と呼ばれ、毒や災いに対抗するものとされ、サソリの毒への解毒や呪術から身を守る護符として用いられていたと紹介されています(1)。
このような観念は一地域にとどまらず、スエズから太平洋に至る広い範囲で、黒サンゴに魔術的な効力があるとする信仰として共有されていました。
実際に腕輪などに加工され、病を防ぎ、邪を遠ざけるものとして身につけられていた例も知られています(2)。
黒く、しなやかでありながら強靭な骨軸は、石でも植物でもない異質な存在として人々の目に映り、その不可思議な質感が、見えない力を宿すものとしてのイメージを強めたのでしょう。
とても生物の骨格とは思えない
食・利用
食用の利用はありません。
海から生まれる骨インプラント
海洋生物の体をつくる構造の中には、人の骨と似た性質を持つものもあり、医療での活用研究が行われています。
海洋生物由来の材料を用いたインプラントの中には、時間とともに分解されて自分の骨に置き換わるものと、分解されず骨と一体化するものの2種類が研究されています。
ゴルゴニンを含む黒サンゴの骨格は後者に近く、ヒトの骨芽細胞および破骨細胞の双方が付着・増殖しやすい性質を持つことから、骨を形成する細胞が入り込む足場として機能する可能性が注目されています(3)。
さらに、その高い生体適合性と構造特性から、「生きた骨インプラント」としての応用も将来的に期待されています。
毒・危険性
ポリプに刺胞はありますが、人に影響は無いとされます。
より栄養を捕らえるため、上へと伸びる
参考資料
- JAMSTEC BISMaL(分類情報)
▶ 見る - World Register of Marine Species(分類情報)
▶ 見る - 原色動物大図鑑Ⅳ
北隆館
岡田要・内田亨 他共著
- 動物たちの地球62 サンゴ・イソギンチャク
週刊朝日百科(1992)
朝日新聞社
- 1)Pliny, Natural History, Book 37, Chapter 54
(プリニウス『博物誌』第37巻 第54章)
Perseus Digital Library
Tufts University
▶ 見る - 2)Black Coral
(黒サンゴ)
Sydney J. Hickson
Nature(1922年)
DOI:10.1038/110217a0
▶ 見る - 3)Biomaterial structure in deep-sea bamboo coral (Anthozoa: Gorgonacea: Isididae): perspectives for the
development of bone implants and templates for tissue engineering
(深海性バンブーコーラルの生体材料構造:骨インプラントおよび組織工学テンプレート開発への展望)
Hermann Ehrlich, Peter J. Etnoyer, S. D. Litvinov, M. M. Olennikova ほか
Materialwissenschaft und Werkstofftechnik(2006)
DOI:10.1002/mawe.200600036
▶ 見る