ドチザメ

海のサメの、山の文化

Triakis scyllium

初夏の頃、巨石がゴロゴロとする浅瀬の海底に集まるドチザメ達です。 雌が出産のために集まっているという説がありますが、たしかに、お腹はふっくらしているように見えます。 とても熟睡しており、触れるくらいでは目を覚ましません。

🔬 専門資料・出典引用(14件)

去年と同じ、君ですか?

伊豆半島の5月の海は、まだ16度ほどで、プロ用のウエットスーツでもまだ冷たさを感じる海です。 水温が上がり始め、海藻が生い茂り、アジやタカベの稚魚たちが現れ始める生き生きとした季節に、爆睡するドチザメが浅瀬に現れます。
何処にでもいるという訳ではなく、いつも同じ場所です。 水深5mという浅瀬の、大きな岩が重なるような隙間に、集まって寝ているのです。
サメは怖いイメージがありますが、彼らはまったく起きる気配が無く、じっと、その美しい姿を見せてくれます。 驚くよりも「うわっ!またここにいるのかぁ」と、なんだか安心する気持ちになります。 もしかしたら毎年同じドチザメたちが集まっているのかも。と考えてしまいます。

概要

和名:ドチザメ

英名:Banded houndshark

学名:Triakis scyllium Müller & Henle, 1839

  • 撮影場所:静岡県伊東市赤沢
  • 撮影時期:5月
  • 主な水深:5m
  • 映像特徴:ぐっすり寝ているドチザメ、目の下の瞬褶

提供映像(サンプル映像は低画質版です)

  • コーデック:H264-MPEG4AVC
  • 解像度:1920x1080
  • フレームレート:59.94
  • 長さ:3 分 36 秒
  • サイズ:1.01GB

分類・分布

【分類】脊椎動物亜門 > 軟骨魚綱 > メジロザメ目 > ドチザメ科 > ドチザメ属 > ドチザメ

【分布】北海道南部以南、東シナ海、日本海大陸沿岸、黄海、渤海、台湾

特徴・雑学

お腹が大きいので、妊婦だと思うのですが、なぜか小さなドチザメには出会いません。 小さな仔ドチザメにも出会ってみたいものです。

グルメなドチザメ

ドチザメは、全長1.5mになるサメで、白灰色の体には、うっすらと茶色の横縞模様があります。 サメ類で最も沿岸に生息するとされるサメで、汽水域にも現れます。

ドチザメは、海底近くをゆっくり泳ぎながら、感覚器官である口元のヒゲ(Barbel)を使って、エビやカニ、ヤドカリ、タコ、小魚などを探して捕食する沿岸性のサメです。 砂地や岩場の底を探るように行動し、特に夜間に活発に餌を探すことが知られています(1)。
瀬戸内海で行われたドチザメ科サメ類の食性研究では、若い個体はエビ類など小型の底生動物を多く食べ、成長するとタコや魚類など、より大きな獲物の割合が増えることが報告されています。

ドチザメの成長と妊娠、出産

ドチザメは、伊豆半島周辺で行われた研究(2)から、比較的ゆっくり成長するサメであることが分かっています。
背骨にできる年輪のような模様を調べたところ、雄は15年、雌では18年以上生きる個体も確認されました。 成熟するまでにも時間がかかり、雄は6年ほど、雌では9年近くかけて繁殖できる大きさになります。 特に雌は雄よりも大型になりやすく、より長寿である傾向があるようです。

成熟に時間をかけるのは、繁殖の方法によるものと考えられます。
ドチザメは交尾を行い、母体内で仔を育てて出産する「胎生」のサメで、約1年をかけて母体内で成長し、20cmほどの仔ザメを出産します。 研究(2)では、1度の出産で8〜29匹の胎仔が確認されており、大型の雌ほど多くの仔を産む傾向があるとされます。
ドチザメの子宮内では、エイ類のような“子宮ミルク”で仔魚を育てることはせず、主に卵黄の栄養で成長する「卵黄依存型胎生」と呼ばれる繁殖を行います。

子宮ミルクで胎仔を育てるヒラタエイ 妊娠中のヒラタエイ水中映像

お腹が動いているのが見える

瞬きする魚・ドチザメには瞼がある

魚類の多くは、人間のように上下に動く“まぶた”を持っていません。 一方、サメ類では眼を保護する構造が発達しており、種類によって「瞬膜」や「瞬褶(しゅんしゅう/secondary lower eyelid)」という、瞼に近い構造が見られます(3)。 ドチザメを含む一部のサメは、眼の下側の皮膚が持ち上がる「瞬褶」があり、時折、人間のまぶたのように眼を閉じることができます(4)。 ただ、人間のように寝る時に閉じたり、頻繁に瞬きすることは無く、瞼を閉じる瞬間を見るのは非常に稀です。 ホホジロザメ類では、獲物を捕らえる際に白目をむくのが知られていますが、瞬膜や瞬褶ではなく、眼球そのものを回転させることで眼を保護します。

ナヌカザメにも「瞬褶」がある ナヌカザメの目にも「瞬褶」という目を閉じる器官があり、目を保護する時などに閉じます。

寝るために閉じるわけではないようだ

サメは天然の保存食・臭いけど腐ってない証

サメは、独特のアンモニア臭を持つ魚として知られています。
一般には「腐った臭い」のように感じられることもありますが、実際には、サメ特有の体の仕組みに由来するものです。

硬骨魚類の多くは、海水中で失われた水分を補うために海水を飲み、余分な塩分を鰓や腎臓から排出する仕組みを持っています。 一方サメは、体内に高濃度の尿素を蓄えることで体液濃度を海水に近づけ、水分が体外へ逃げにくい特殊な生理機構を持っています。
死後、この尿素は時間とともに分解され、アンモニアへと変化していきます。
このアンモニアには強い抗菌作用があり、細菌の増殖を抑えるため、サメの身は他の魚に比べて腐敗しにくい特徴があります。 つまり、サメ特有のアンモニア臭は、「尿素が分解されている匂い」でもあり、必ずしも腐敗を意味するものではありません。

一方で、時間が経つほどアンモニア臭は強くなるため、人々は古くから様々な工夫を凝らしてきました。 酢味噌、生姜、辛子、ぬたなどを組み合わせ、臭みを和らげながら食べる文化が各地で発達しました。

ドチザメの地方名

  • いさば:関西
  • いまぶか:高知市
  • どち:銚子
  • どちざめ:三崎、江ノ島
  • とらふか:有明海
  • ねこ:富山
  • ねこぶか:大阪
  • のうそ:有明海
  • のうそう:壱岐、玄海
  • ぼうぐさめ:寺泊
  • ぼうずさめ:牡鹿
  • はしのくり:鹿児島
  • もざくろざめ:鳥羽
  • もざめ:秋田県象潟
  • もたま:下関
  • もだま:長崎、玄海、志賀島、有明海
  • もたも:佐渡島
  • やもり:東京

食・利用

サメは一部の地域だけで食べられてきた魚ではありません。 古代の木簡や文献にもその名が見られ、日本では非常に古くから利用されてきた海産物のひとつです。 奈良時代にはすでに干したサメが都へ献上されており、平城宮跡からはサメの骨も出土しています。
特にサメは、体内に多く含まれる尿素の影響で腐敗しにくく、冷蔵技術のない時代には「傷みにくい海の魚」として重宝されました。 そのため、海から遠い山間部にも運ばれ、食べられてきました。

サメは山へ向かい、独自の文化を育てた

ただし、こうしたサメ食文化は日本全国に均一に広がっていたわけではなく、現在でも地域ごとに飛び飛びに残っています(5)。 これは、単純に「サメを好んだから」というよりも、かつての物流や街道、港町との結びつきと深く関係しているためです。

たとえば、現在の栃木県(6)や長野県、山梨県のような内陸地域では、冷蔵技術のない時代に鮮魚を運ぶことが難しく、比較的傷みにくいサメは貴重な海産物でした。 新潟県上越地方の資料(7)でも、サメは保存性の高さから山間部へ運ばれ、重宝されていたことが記されています。
また、干したサメや塩蔵したサメは軽く保存性にも優れ、中山道や善光寺道、甲州街道などを通じて内陸へ流通していたと考えられています。 その結果、海辺よりもむしろ山間部に独特のサメ食文化が定着し、祭礼や正月など「ハレの日」の料理として受け継がれてきた地域もあります。

サメがつなげる「海の文化」「山の文化」

調理法も実に多様です。 広島県や岡山県では、薄く切ったサメをそのまま刺身で食べる文化があり、生姜醤油や酢味噌で食べる習慣が残っています。
特に広島県北部では、「ワニを食べないと正月が来ない」と言われるほど、地域のハレ食として定着していました。 愛媛県南予地方では、「ふかの湯ざらし」と呼ばれる料理が知られています。 サメの身をさっと湯引きして冷水にさらし、酢味噌や辛子味噌で食べる料理で、独特の臭みを抑えながら、柔らかな白身を味わう郷土料理です。

東北地方では、煮付けや味噌煮として利用される例が多く、山形県や宮城県、福島県では、日常的なおかずとしてサメ料理が継承されてきました。 現代の調査でも、東北では煮物、西日本では湯引きや刺身が多いという特色があります。
さらに、干物・田楽・ぬた・煮こごり・くさや・すり身など、時代や地域によってさまざまな加工法が発達し、サメは単なる保存食ではなく「余すところなく利用する魚」として、 日本各地で“独自の食文化”を形づくっています(5)。

毒・危険性

ドチザメに毒性はありませんが、歯は非常に鋭いため、鮮魚の状態でも素手で歯を触ると怪我をする場合があります。

サザエを食べてしまうので嫌われる「ネコザメ」 小さい個体は「子猫」と呼ばれてダイバーに人気のネコザメっだが、成長するとサザエを食べる嫌われ者になる。鋭い歯ではないが、強力な顎の力でサザエを噛み砕く。

硬い巻貝も砕く顎を持つ

サメに寄生する甲殻類「サメジラミ」 サメジラミは、甲殻類のカイアシ類の仲間です、カイアシ類は海中を泳ぐプランクトンがほとんどですが、サメに寄生する種もいます。驚くことに、寄生するサメの種類を選ぶ種がいるとのことで、謎の多い生物です。

寄生するサメの種類を選んでいるらしい

参考資料

  • 日本産魚類全種リスト(分類情報)
    ▶ 見る
  • JAMSTEC BISMaL(分類情報)
    ▶ 見る
  • World Register of Marine Species(分類情報)
    ▶ 見る
  • 学研の図鑑LIVE魚・学研・本村浩之総監修
  • 原色魚類大図鑑・北隆館・阿部宗明監修
  • 海の魚大図鑑・石川皓章著、瀬能宏監修・日東書院
  • 方言にちなんだ日本の魚・高木正人・自費出版
  • 1)The food habits of four species of triakid sharks, Triakis scyllium, Hemitriakis japanica, Mustelus griseus and Mustelus manazo, in the central Seto Inland Sea, Japan
      (瀬戸内海中央部におけるドチザメ科サメ類4種の食性)
      神村悟・橋本博明
      Fisheries Science(2004)
      DOI:10.1111/j.1444-2906.2004.00902.x
    ▶ 見る
  • 2)Age, growth and reproduction of the banded houndshark Triakis scyllium around the tip of the Izu Peninsula, Japan
      (伊豆半島下田周辺海域におけるドチザメの年齢・成長と繁殖について)
      藤波裕樹・田中彰
      Nippon Suisan Gakkaishi(2013)
      DOI:10.2331/suisan.79.968
    ▶ 見る
  • 3)SHARKS
      FAO Species Identification Guide for Fishery Purposes
      Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO)
    ▶ 見る
  • 4)まぶたを閉じて
      男鹿水族館GAO「GAOっと!ぶろぐ」
      男鹿水族館GAO
    ▶ 見る
  • 5)近現代におけるサメの食習慣
      畦 五月
      日本調理科学会誌 Vol.48 No.4 308~319(2015)
      DOI:10.11402/cookeryscience.48.308
    ▶ 見る
  • 6)さがんぼの煮つけ 栃木県
      農林水産省「うちの郷土料理」
      農林水産省
    ▶ 見る
  • 7)資料から探る上越地域のサメ食の起源
      第15回 上越市公文書センター出前展示会
      上越市公文書センター(2017)
    ▶ 見る