概要
和名:マダラウロコムシ属
英名:Scale worm (Harmothoe sp.)
学名:Harmothoe sp. Kinberg, 1856
撮影地:静岡県伊東市 水深2m
提供映像(本ページのサンプル映像は1280x720/30pになっています)
- コーデック:H264-MPEG4AVC
- 解像度:1920x1080
- フレームレート:59.94fps
- 長さ:1分 33秒
- サイズ:420MB
分類・分布
環形動物門 > 多毛綱 > サシバゴカイ目 > ウロコムシ科 > マダラウロコムシ属
全世界の表層から水深7,000メートルの深海までに生息します。
特徴・雑学
ウロコムシは、様々な「ゴカイ」を含む多毛綱の仲間で、全世界の海に分布し、浅い磯から深海まで広い水深帯に適応した多くの種類が知られています。
背中を覆う「うろこ状の板(鞘鱗〈りんしょう〉:elytra)」が特徴で、体にマントを羽織ったように見えることがあります。
岩の隙間や転石の下、砂や泥の表層などに身を潜めて暮らすほか、ナマコやヒトデ、他のゴカイ類の棲管の表面に密着して生活する種も知られており、自由生活から宿主随伴まで、様々な生息形態があります。
【発生:浮遊拡散】
一般的なゴカイ(多毛類)では、産卵期になると卵と精子を海中へ放出して受精する"放卵放精"が一般的です(*1)。
周囲の個体が連動して一斉に放出が起きることもあり、夜間や満潮前後など条件がそろったタイミングで起こりやすいとされます。
受精後は、体のつくりが単純なトロコフォア幼生(trochophore)として水中を漂い、その後、体節や疣足が発達したネクトカエタ幼生期(nectochaete)などを経て底生生活に移ります。
ウロコムシ科でも、種によっては受精後の卵が浮遊し、トロコフォア幼生を経ることが知られています。
こうした「浮遊期(分散期)」の有無や長さが、地域ごとの隔離と環境差を生み、種類が増えやすい土台になっていると考えられます。
【防御と柔軟性】
ウロコムシの鞘鱗は、体を守る「鎧」の役割を持つ構造ですが、貝殻や甲殻類の外骨格のように硬くはありません。
これは、防御力を最大化するよりも、体の動きを妨げないことを優先した結果と考えられています。
もし鞘鱗が硬く厚い装甲であった場合、外敵への防御力は高まる一方で、岩の隙間や転石の下といった狭い場所を這い回る動きが制限され、環境への適応力が低下します。
また、他の生物の体表に密着して生活する種では、硬い鱗は相手を傷つけ、排除される原因にもなり得ます。
「硬くする」ことは、防御力と引き換えに、運動性や柔軟性を失う選択でもあったでしょう。
そのためウロコムシでは、鞘鱗をあえて柔軟な構造とし、極端に狭い環境でも体をくねらせて動ける設計が選ばれたと考えられます(*2)。
その結果、鞘鱗は欠損しやすくなりましたが、代わりに高い再生能力が維持されました。
再生しやすい体は、「壊れない鎧」を持つ生物に決して劣らない利点であり、場合によっては鱗の一部が犠牲になることで、逃げる時間を稼ぐ効果も期待できます。
人類の戦いの歴史にも、これとよく似た選択があります。
ヨーロッパの騎士が身に着けた鉄製の全身鎧は、攻撃を正面から受け止める高い防御力を備えていましたが、重量があり、機動力には制約がありました。
一方、日本の武士が用いた鎧は、小さな板を綴って体に巻き付くように構成され、防御力は控えめながらも、走る、しゃがむといった動作を妨げにくい設計でした。
どちらが優れているかは戦い方や環境によって異なりますが、ウロコムシの鞘鱗は、この二つのうち「動き続けることを優先する鎧」の考え方に近いといえます。
完全に攻撃を防ぎ切る鎧ではなく、多少の損傷を受け入れながらも動きを失わず、生き延びることを重視する――ウロコムシの鞘鱗は、そうした思想のもとに進化した「動ける鎧」と言えるでしょう。
【環境への適応性】
ウロコムシの仲間が全世界の海に分布し、浅い磯から水深数千メートルの深海まで、約900種もの多様な種類に分かれている背景には、「変化しやすい体の設計」があります(*3)。
ウロコムシとしての体の基本構造そのものは変えずに、鱗の厚みや質感、感覚の働き方、体表の性質といった外見や使い勝手の部分だけを細かく調整してきました。
設計図の大枠は同じまま、環境に合わせて仕様を変えるような仕組みです。
このため、寒く暗い深海、岩が多い浅瀬、砂泥底、他の生物の体表など、条件のまったく異なる場所でも、「大改造」をせずに入り込むことができるようになりました。
少しずつ形や機能を変えた個体が、それぞれの環境に定着し、結果として数多くの種類に分かれていったと考えられます。
つまりウロコムシは、特定の環境に特化した生き物というより、どんな場所にも“調整して対応できる体”を持った生き物です。
この柔軟な体の設計こそが、世界中の海とあらゆる水深に広がり、900種もの多様性を生み出した大きな理由だといえるでしょう。
【映像情報】
映像は静岡県伊東市の水深2mにある転石地帯で撮影したものです。
詳細な種は不明なものの、マダラウロコムシ属(Harmothoe sp.)としました。
食・利用
食用としての利用はありません。
毒・危険性
毒性の報告はありません。
1mを超えるゴカイ「オニイソメ」
参考資料
- JAMSTEC BISMaL(分類情報)
▶ 見る - *1)Life History and Dispersal Pattern of the Polychaete Worm Neanthes japonica (Izuka) in the Nanakita River Estuary, Miyagi Prefecture
(宮城県七北田川河口域におけるゴカイ類 Neanthes japonica の生活史と分散様式)
菊池 泰二
Journal of Japanese Limnology (日本淡水学会誌) Vol.59 (1998), No.2,p.125
▶ 見る - *2)Fauna of Australia Volume 4A(2000)
(多毛類およびその近縁群 ― オーストラリア動物相総説)
P.L.Beesley,G.J.B.Ross,C.J.Glasby
CSIRO Publishing Australian Biological Resources Study (ABRS)
▶ 見る - *3)Genomic Analysis of a Scale Worm Provides Insights into Its Adaptation to Deep-Sea Hydrothermal Vents OUP Academic
(ウロコムシのゲノム解析が深海熱水噴出孔への適応の理解をもたらす)
Xing He,Hui Wang,Ting Xu,Yanjie Zhang,Chong Chen,Yanan Sun,Jian-Wen Qiu,Yadong Zhou,Jin Sun
Genome Biology and Evolution Volume 15, Issue7(2023)evad125 DOI:10.1093/gbe/evad125
▶ 見る