2本のヒゲで獲物を察知すると、海底ごと喰らうような勢いで頭を突っ込み、捕食します。 ウミヒゴイの名前の由来は、錦鯉の先祖である緋鯉のように色鮮やかだから、ということですが、海から揚がった鮮魚の状態で見られる、真っ赤な体色から名付けられているようです。
概要
和名:ウミヒゴイ
英名:Yellowband goatfish
学名:Parupeneus chrysopleuron (Temminck & Schlegel, 1843)
- 撮影場所:静岡県沼津市
- 撮影時期:5月、10月
- 主な水深:10m前後
- 映像特徴:海底で餌を探し、頭を砂に突っ込んで摂餌するウミヒゴイ。ホンソメワケベラにクリーニングされて体色が赤くなっているウミヒゴイ。
提供映像(サンプル映像は低画質版です)
- コーデック:H264-MPEG4AVC
- 解像度:1920x1080
- フレームレート:59.94
- 総ビットレート:137757kbps
- 長さ:1 分 24 秒
- サイズ:1.36GB
分類・分布
【分類】脊索動物門 > 条鰭綱 > スズキ目 > ヒメジ科 > ウミヒゴイ属 > ウミヒゴイ
【分布】南日本。太平洋、インド洋
特徴・雑学
ウミヒゴイは、ヒメジ科ウミヒゴイ属の魚で、やや細長く、左右に少し平たい紡錘形の体をしています。 吻が長く、口が前方にあるため、目と口が離れたような顔つきが特徴です。 下あごには2本のひげがあり、海底の砂や泥の中に隠れた餌を探すのに使います。
ホウライヒメジのヒゲ
▲ 太く、しなやかさがある
長い吻は、砂の中に口を差し込んで採餌する際にも、目を砂の上に保つことができ、外敵から身を守るうえで有利と考えられます。 同じウミヒゴイ属のオオスジヒメジでは、吻の長さを超えて深く掘ると目が砂に埋まり、周囲の外敵を発見しにくくなるという考察が示されています(1)。 このことから、長い吻は、周囲への警戒を保ちながら、より深い位置にいる獲物を捕食するのに適した形態と考えられます。
体色は、白銀から淡い赤色、濃い赤色まで、状態によって幅広く変化します。 目の後ろから尾びれの付け根にかけて、黄色い帯が走り、目の周囲や尾ヒレ、尻ビレには淡い青色の筋模様が見られます。
日本や台湾、オーストラリアなど、インド洋から西太平洋に分布します。 沿岸や内湾の砂底・砂泥底、岩礁やサンゴ礁の周辺にある砂地などに生息し、やや深い場所でも見られます。 単独、または数尾の集団で活動し、海底をひげで探りながら、砂や泥の中の甲殻類、軟体動物、多毛類などを掘り出して食べます。
味わってから食べる・味蕾のあるヒゲ
ヒメジ類の下あごにある2本のひげは「口ひげ(barbel)」と呼ばれ、海底の餌を探すための感覚器官です。
表面には味を感じる「味蕾(みらい)」が多数あり、餌を口に入れる前に、その化学的な情報を捉えることができます。
もし人に例えるなら、指先で味がわかるようなもので、触れただけで味がわかる仕組みです。
砂や泥を探る動作と味覚を組み合わせることで、海底に隠れた小さな動物を見つけます。
口ひげから届く情報は、脳内でも口ひげの各位置に対応して処理されるため、餌の存在だけでなく、口ひげのどの部分で反応したかを区別できる仕組みになっています(2)。
ヒメジ科の2種を調べた研究では、口ひげの先端に近づくほど味蕾の密度が高く、一方で個々の味蕾やその開口部は根元側で大きいことが確認されています。 また、味蕾の大きさは成長に伴って変化しており、口ひげの感覚器官としての構造は、部位や成長段階によって異なります(3)。 さらに、ヒメジ科14種を比較した研究では、口ひげの長さや味蕾の特徴が、生息環境と関連していることが示されました(4)。
伊豆伊東では「オジサン」という名で売られる美味魚
シーボルトのウミヒゴイ
ウミヒゴイは、シーボルト(Philipp Franz Balthazar von Siebold)が1823年~1829年に、日本で収集活動をしたことによって新種記載された魚のひとつです。 その後、テミンク(Coenraad Jacob Temminck)とシュレーゲル(Hermann Schlegel)によって、1843年に『日本動物誌〈Fauna Japonica〉』の魚類編で Mullus chrysopleuron として記載されました。 『日本動物誌』は、シーボルトが日本で集めた動物標本や、川原慶賀ら日本人絵師の下絵をもとに、ライデン博物館の研究者たちが編纂したものです。
『日本動物誌』のウミヒゴイの図
▲ 川原慶賀による下絵とされる
『日本動物誌(Fauna Japonica)』魚類編・図版12(ハーバード大学比較動物学博物館所蔵)
出典: Biodiversity Heritage Library(BHL)
標本なしの新種・根拠となりえる精密画とは
川原慶賀(かわはら・けいが)は、江戸時代後期に長崎で活動した絵師です。 1786年生まれとされ、没年は不詳です。出島への出入りを許され、シーボルトの日本研究のために、動植物や風景、人々の暮らしを描きました。
ウミヒゴイは、実物の標本ではなく、慶賀の写生図をもとに新種として記載された魚の一つです。 慶賀の魚図は、保存標本では失われてしまう、新鮮な魚の色彩を伝える重要な資料として、いかに信頼されていたかがうかがえます。 鱗やひれ、体色、斑紋まで精密に描かれた絵が、『日本動物誌』の編纂や、ヨーロッパでの魚類研究を支えました。 慶賀が描いた魚の写生図は約500点にのぼりますが、その半数近くは航海中に失われたとされています(5)。 写真のない時代に描かれたこれらの絵は、日本の魚の姿を海外へ伝える、貴重な科学資料となりました。
川原慶賀の描画のみで新種記載されたという魚
▲ カタクチイワシ(右下)
▲ ムロアジ(上)
『日本動物誌(Fauna Japonica)』魚類編(ハーバード大学比較動物学博物館所蔵)
図版108・図3 カタクチイワシ、図版58・図1 ムロアジ
出典: Biodiversity Heritage Library(BHL)
食・利用
伊東市内ではスーパーの地魚コーナーに、ホウライヒメジやオキナヒメジを見かけることがあります。
名称は有名なヒメジ科の一種である「オジサン」として販売されています。
まったく癖のないふんわりとした白身には適度な脂があり、刺身でも火を通しても絶品です。
ウミヒゴイを鮮魚店で見かけたことはありませんが、ヒメジ科の魚は総じて美味しいとされ、ウミヒゴイも食用として流通しています。 福島の鮮魚店では、鹿児島県産のウミヒゴイを入荷し、刺身にして販売した例が紹介されています(6)。 歯ごたえと旨味があり、上品な風味や香りも楽しめる魚であるとされています。
ヒメジは古代ローマの高級魚
ウミヒゴイを含むヒメジ科の魚は、欧州では古くから食材として親しまれてきました。
古代ローマの文献には、身の味に加えて肝や頭のおいしさが評価され、大型個体が非常に高い値段で取引されたことが記されています(7)(8)。
味のよい魚として珍重される一方、大きなヒメジを食卓に出すことは、富やぜいたくを示す意味も持っていました。
フランスでは「ルジェ・バルベ(rouget-barbet)」と呼ばれ、主に地中海や大西洋に生息するヨーロッパヒメジ Mullus surmuletus や、同属の Mullus
barbatusが利用されています。
ウミヒゴイとは別の種ですが、下あごに2本の口ひげを持つ同じヒメジ科の仲間です。
毒・危険性
人に対する毒性や危険性はありません。
立派なヒゲが特徴のオジサン。海底にヒゲを差し込んで餌を探し、摂餌します。
参考資料
- 日本産魚類全種リスト(分類情報)
▶ 見る - JAMSTEC BISMaL(分類情報)
▶ 見る - Catalogue of Life(分類情報)
▶ 見る - 学研の図鑑LIVE魚・学研・本村浩之総監修
- 原色魚類大図鑑・北隆館・阿部宗明監修
- 1)Ontogeny of diet changes in a tropical benthic carnivorous fish, Parupeneus barberinus
(Mullidae):
relationship between foraging behaviour, habitat use, jaw size, and prey selection
(熱帯性底生肉食魚オオスジヒメジ〈ヒメジ科〉の成長に伴う食性の変化:採餌行動、生息環境の利用、顎の大きさ、餌の選択の関係)
Vimoksalehi Lukoschek・Mark I. McCormick
Marine Biology 138: 1099–1113(2001年)
DOI: 10.1007/s002270000530
▶ 見る - 2)The 'goatee' of goatfish: innervation of taste buds in the barbels and their representation in
the brain.
(ヒメジ類の「あごひげ」:口ひげの味蕾への神経支配と、その脳内表現)
Sadao Kiyohara、Yoko Sakata、Takuji Yoshitomi、Junzo Tsukahara
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences、269巻1502号、1773–1780頁(2002年)
DOI: 10.1098/rspb.2002.2086
▶見る - 3)Distribution pattern of taste buds along hyoidal barbels of Mullus barbatus and M.
surmuletus.
(Mullus barbatus と M. surmuletus の口ひげに沿った味蕾の分布様式)
H. Aguirre、A. Lombarte
Brain, Behavior and Evolution、56巻6号、323–329頁(2000年)
DOI: 10.1159/000047216
▶ 見る - 4)Trophic niche diversity in an assemblage of goatfishes (Mullidae): roles of habitat and barbel
morphology
(ヒメジ科魚類群集における食物利用の多様性:生息環境と口ひげの形態の役割)
Laurent Mittelheiser、Lisa Dannemark、Ludovic Tovontena、Gilles Lepoint、Helga Ravelohasina、Denis Baurain、Bruno Frédérich
Marine Biology、172巻8号(2025年)
DOI: 10.1007/s00227-025-04691-8
▶ 見る - 5)第2章 日本の魚を鮮やかにうつす
長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」(公開年記載なし)
DOI: なし
▶ 見る - 6)ウミヒゴイ
有限会社マルト一平(2025年6月30日)
DOI: なし
▶ 見る - 7)The Red Mullet and Rome
(ヒメジとローマ)
James Grout
Encyclopaedia Romana、シカゴ大学サイト掲載(公開年記載なし)
DOI: なし
▶ 見る - 8)ヨーロッパ食材知識その5「ルジェ(ひめじ)」(Rouget)
山本敬太(Quatre Saisons de Cuisine)
note(2026年7月18日)
DOI: なし
▶ 見る