オオウミウマ|神話の生物

Hippocampus kelloggi Jordan & Snyder, 1901

概要

オオウミウマ:Hippocampus kelloggi Jordan&Snyder1901

撮影地:静岡県沼津市 水深1m

分類・分布

脊椎動物亜門 > 条鰭綱 > ヨウジウオ目 > ヨウジウオ科 > タツノオトシゴ属 > オオウミウマ

南日本の太平洋岸、伊豆諸島、琉球列島、インド洋・太平洋

特徴・雑学

オオウミウマはタツノオトシゴ類の中でも最大級の種で、成魚は全長30cmを超えることもあります。
体は細長く、頭部が馬のような形をしていることから「海の馬」と呼ばれます。
胴部から尾部にかけて環状の骨板に覆われ、体表は硬く、鱗の代わりに骨質の環が連なっています。
尾は把握力が強く、海藻やサンゴ片などに巻きつけて体を固定し、流れの中でも安定して生活します。
胸鰭は小さく、背鰭の動きでゆっくりと泳ぐため、活発に移動することは少なく、浮遊物や海草に擬態して外敵から身を守ります。

【繁殖】
繁殖は非常に特徴的で、タツノオトシゴ類特有の「雄が出産する」魚として知られています。
雌が雄の腹部にある育児嚢(いくじのう)に卵を産みつけ、雄はその中で受精卵を保護しながら孵化まで世話をします。
育児嚢内では卵に酸素を供給するとともに、孵化した稚魚に栄養を供給したり、排泄物を外に出して清潔を保つという胎盤に似た機能があると考えられ研究されています(*1)。 約2〜3週間後に、すでに親と同じ形をした仔魚が外へ放出され、すぐに自立した生活を始めます。。
この独特な繁殖形態は魚類の中でも極めて珍しく、オオウミウマを象徴する生態的特徴の一つです。

【日本での海馬】
オオウミウマは、かつて魚とは思われておらず、竜や馬など神話の生物と同一視されていた時代があります。
江戸時代に入り、貝原益軒『大和本草付録 巻之二』(1712)には「蟲類」の項に、 また、『大和本草 巻十四』には「水蟲」の項にあり、一般的な魚類と別の、ナマコやエビ、ヒトデ、イモリと同様「その他」の分類です。(*2*4)。
その後、平賀源内『物類品隲 巻四』(1763)では、「蟲部」とは別に「鱗部」で記載があり「タツノオトシゴと言い海に棲息している」とあります(*3)。

引用:

[大和本草附録 巻之二・蟲類「海馬」(貝原益軒, 1712)]
入門云背カヾマリ如竹節紋長ニ三寸色黄褐ナリ。シヤコト伝説アリ。シヤコニハアラズ滅別也此物ザコノ内ニマジリテ有之。
(訳)入門書によれば、背がかがまり、竹の節のような模様があり、長さは三寸ほど(約9センチ)で、色は黄褐色である。 シャコという伝説があるが、実際にはシャコではなく、まったく別の種類である。この生き物は雑魚の中に混じっていることがある。
[大和本草 巻十四・水蟲「海馬」(貝原益軒, 1712)]
海中ニ生スル小蟲ナリ頭ハ馬ノコトク腰ハ蝦ノ如ク尾ハトカゲニ似タリ
(訳)海の中にすむ小さな生き物である。頭は馬のようで、胴(腰)のあたりはエビのよう、尾はトカゲに似ている。
[物類品隲 巻四・鱗部「海馬」(平賀源内, 1763)]
和名ウミウマ又リウグウノコマ又タツノオトシゴト云處處海中ニ多シ〇相模産一種全身有刺モノアリ〇相模産一種赤色ノモノアリ壬午客品中播磨高砂三浦迂斎具之。
(訳)和名は、ウミウマ、またはリュウグウノコマ、またはタツノオトシゴといい、各地の海の中に多く生息している。 相模湾産の一種には、全身にトゲのある種類があり、また、赤い色をした種類もある。壬午の年(1738年)の標本収集で、 兵庫県高砂市の三浦迂斎がそれを所持していた。

【海外での海の馬】
学名 Hippocampus はギリシャ神話に登場する「海の馬(ヒッポカンポス)」に由来します。 ヒッポカンポスは上半身が馬、下半身が魚の姿をした海神ネプチューンやポセイドンの戦車を引く馬です。 ギリシャ神話が本当だと考えられていた頃、人々は、「オオウミウマが成長するとヒッポカンポスになる」と信じられていたと唱える資料もあります(*6)。 伝説の生物は、古代ギリシャ・フェニキュア・ローマなどで壺やモザイク・彫刻などで登場しました(*5)。
西洋でも長く神話的な存在とされてきましたが、18世紀にリンネによる分類学の確立を経て、ようやく「魚」としての位置づけが与えられました。
こうした背景から、オオウミウマやタツノオトシゴは世界各地で神秘的で縁起の良い象徴として親しまれており、 日本でも「海の守護」や「子孫繁栄」の象徴として今日まで語り継がれています。

食・利用

オオウミウマは古くから「海馬(かいば)」という名で生薬として利用されてきました(*4)。
乾燥させた体を粉末にした「海馬粉」は、滋養強壮や強精、安産、子宝、鎮静などに効果があると信じられ、江戸時代の日本でも薬やお守りとして珍重されていました。
現在でも中国や韓国などではタツノオトシゴ類が生薬「海馬」として乾燥標本や粉末として強壮薬・漢方原料に用いられています。(*5)。
一方、日本ではワシントン条約(CITES)附属書Ⅱにより国際取引が規制されており、許可のない輸入、販売は禁止されています。
しかし、縁起物としての信仰が今も残っており、観光地では乾燥したタツノオトシゴが安産・子宝・航海安全のお守りや土産品として販売されることがあります。
現代の日本ではこのように、薬としてよりも文化的・象徴的な意味をもって親しまれ、海の守護や子孫繁栄を願う縁起物として語り継がれています。

毒・危険性

オオウミウマは古くから薬用として利用されてきた生物であり、生薬「海馬」として滋養や健康維持に用いられてきました。
近年の研究では、オオウミウマのエタノール抽出物がアレルギー反応の一因となる「脱顆粒(だっかりゅう)」という細胞内の仕組みを抑制する可能性が示されており、 花粉症やアトピー性皮膚炎など1型アレルギーの軽減に寄与する機能性が注目されています(8)。
ただし、高濃度では細胞への影響も報告されているため、今後は有効成分の特定と、安全な濃度域の解明が課題となります。
伝統的な薬用利用の知恵に、現代の分子生物学的研究が加わることで、オオウミウマは将来的にアレルギー制御や免疫バランスの改善に役立つ新たな天然資源としての可能性を秘めています。

参考資料

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