ダイビング中に漂っていた小さな物体が、思わず出した手にくっつきました。 よく見ると、小さなイカが向き合っており、ヒメイカの交接だとわかりました。 冬の風物詩だと言われるヒメイカが8月に見られるのも珍しいですが、 交接シーンに出会えたのも幸運でした。
🔬 専門資料・出典引用(8件)
Idiosepius paradoxus
ダイビング中に漂っていた小さな物体が、思わず出した手にくっつきました。 よく見ると、小さなイカが向き合っており、ヒメイカの交接だとわかりました。 冬の風物詩だと言われるヒメイカが8月に見られるのも珍しいですが、 交接シーンに出会えたのも幸運でした。
冬の風物詩が真夏に出現…
「冬に見られる生物」だと思い込んでいたヒメイカに、真夏の海で出会った時は意外でした。 しかも、ダイバーのグローブに張り付いて交接するとは!
それ以来、いつでも見られる可能性があるのだ。と思って見てはいるものの、夏の海で出会うのはやっぱり少ないヒメイカです。
概要
和名:ヒメイカ
英名:Northern Pygmy Squid
学名:Idiosepius paradoxus (Ortmann, 1888)
提供映像(サンプル映像は低画質版です)
分類・分布
【分類】軟体動物門 > 頭足綱 > ヒメイカ目 > ヒメイカ科 > ヒメイカ属 > ヒメイカ
【分布】北海道南部以南、本州、九州、ロシア南部、韓国、中国沿岸
特徴・雑学
背中で張り付く小さいイカ
ヒメイカは、一般的なイカのように泳ぎ続けるだけではなく、海草や海藻へ身体を貼り付けて休むという、少し変わった生活をしています。 そのために使われるのが、外套膜の背中側にある「付着器」です(1)。
吸盤でも粘着パッドでもない、オリジナル付着構造
この器官は吸盤とは異なり、粘液を利用して対象へ付着する特殊な構造で、アマモの葉などへ一時的に身体を固定することができます。 付着面には複数種類の分泌細胞が存在し、糖タンパク質を含む粘着物質を分泌していることが研究から明らかになっています(2)。
また、ヒメイカの付着器は単なる“接着パッド”ではなく、筋肉や表面構造とも連動した複雑な器官であると考えられており、どのように滑らかに剥がしているのかは現在も研究が続けられています(1、2)。
さらに興味深いことに、この付着器は、孵化時に卵殻を破るために使われる「孵化腺」が変化して形成されます。 孵化後、幼体の成長とともに細胞構造が再編成され、海草へ貼り付くための器官へと作り替えられていくのです(3)。
ヒメイカはこの付着器を使い、アマモや岩穴の裏面に休息するため、泳ぎ続けるイカよりも発見しづらい特徴があります。
グルメすぎる?ヒメイカ 美味しいとこだけ頂きます
ヒメイカは、小型の甲殻類などを捕食する肉食性のイカです。 アマモ場や海藻の周囲に身を潜め、獲物が近づくと素早く飛びかかる「待ち伏せ型」の捕食を行います。
特に興味深いのは、その食べ方です。 ヒメイカは、捕らえたヨコエビなどの甲殻類の殻を噛み砕くのではなく、外骨格の隙間へ口器を差し込み、中の柔らかい組織だけを食べ取るように摂食します。 この時、口器は細長く伸び、殻の内部をさまざまな方向へ動き回りながら肉質部を摂取していきます。
食後には、中身だけが失われた空の殻が、ほぼ元の形のまま残されることもあります。 研究(4)では、この行動について、消化液を利用して内部組織を溶かしている可能性も示唆されており、“外部消化”に近い特殊な摂餌法として注目されています。
ヒメイカの短期決戦生涯
ヒメイカは、現生するイカ類の中でも特に寿命が短いことで知られています。 本州中部のアマモ場で行われた研究では、春から秋にかけて世代交代を繰り返しながら生活していることが確認されており、平衡石の成長線解析からは、寿命がおよそ140〜150日程度と推定されています(5)。
この短い一生の中で、ヒメイカは急速に成長し、成熟するとすぐに繁殖を始めます。 特に暖かい時期に生まれた個体は、小型のまま短期間で成熟し、その年のうちに産卵を終える“短期決戦型”とも言える生活史を持っています。
一方で、夏以降に生まれた個体の中には冬を越して成長を続けるものもおり、翌春にはより大型へ成長する個体群も確認されています。 低水温期を挟むことで成熟が遅れ、その分だけ体サイズが大きくなると考えられています。
また、ヒメイカは体の大きさに対して非常に多くの卵を産む、高い繁殖力を持っています。 メスはアマモや海藻などの基質へ1粒ずつ卵を産み付け、短い寿命の中で繰り返し繁殖を行います。
ヒメイカは世代交代の速度が非常に速く、異なる世代が同じ海域で重なりながら生活しているため、成熟個体そのものは長い期間にわたって存在しているとみられています。 したがって、地域や水温条件にもよりますが、交接行動そのものは通年観察されても不思議ではありません。
食・利用
小さく、大量に獲れないため、食用への利用はありません。
小型で飼育しやすく、世代交代が速いうえ、飼育下でも卵や孵化個体を得やすいため、発生や神経系の研究実験生物として利用されます。
毒・危険性
ヒメイカに毒性はありません。
参考資料
▶ 見る
▶ 見る
(頭足類における付着機構の総説)
Josef von Byern, Friedrich Klepal
Biofouling(2006)
DOI:10.1080/08927010600967840
▶ 見る
(ヒメイカ属における付着器の組織化学的解析)
Josef von Byern, Stanislav Cyran, Friedrich Klepal ほか
Journal of Morphology(2008)
DOI:10.1002/jmor.10631
▶ 見る
(ヒメイカにおける孵化腺から付着器への外套上皮の変化)
Stanislav Cyran, Josef von Byern, Friedrich Klepal
Biofouling(2015)
DOI:10.1080/08927014.2014.995669
▶ 見る
(飼育下におけるヒメイカの摂餌行動 ― 外部消化の可能性について)
Takashi Kasugai
Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom(2001)
DOI:10.1017/S0025315401003486
▶ 見る
(本州温帯域のアマモ場におけるヒメイカの生活史)
Takashi Kasugai, Susumu Segawa
Phuket Marine Biological Center Research Bulletin 66(2005)
DOI:未確認
▶ 見る