ハリセンボン

立ち上がる棘の防御

Diodon holocanthus

概要

和名:ハリセンボン

英名:Longspined porcupinefish

学名:Diodon holocanthus Linnaeus, 1758

撮影地:静岡県伊東市

提供映像(サンプル映像は1280x720/30pです)

分類・分布

脊椎動物亜門 > 条鰭綱 > フグ目 > ハリセンボン科 > ハリセンボン属 > ハリセンボン

茨木・佐渡以南の温帯、熱帯海域。

特徴・雑学

鱗が変化した硬い棘を持つハリセンボンは「針千本」と表記しますが、実際の棘の数は300本~400本とされており(*1)、375本以内または前後とする書物もあります(*8*9)。 普段は棘は伏せていて目立ちませんが、危険を感じて体を膨らませることで棘が立ち上がり、捕食者の攻撃に対処します。
暖かい海を好む魚で、冬場に沿岸の水温が急激に下がると、大量死を起こして海岸に打ち上がることがあります(*11)。

 

【ハリセンボンと地域の伝承】
ハリセンボンが海岸に打ち上がる現象に対しては、各地に様々な言い伝えや風習があります。 鳥取県にある湯梨浜町(旧東郷町)では、針供養の日でもある十二月八日を「八日吹き」と呼び、強風によりハリセンボンが大量に打ち上がるとされます。 同地域では、膨らませたハリセンボンを魔除の飾りとして門口に吊るす風習があり、この日に豆腐を食べると「1年のウソはすべて帳消しになる」という言い伝えがあります(*12)。
兵庫県新温泉町浜坂では、八日吹きの日にハリセンボンが大量に打ち上がるのは、「ハリセンボンが竜宮様の釣り針を盗んだのに盗んでないとウソをついたから」という言い伝えがあるそうです(13)。
また、富山では、仲の悪い嫁と姑がおり、姑に「針を盗んだ」と言いがかりをつけられた嫁が海に身を投げたのが12月8日で、以来その日は海が荒れてハリセンボンが打ち上がる。という伝承があります(*14)。

ウソとハリセンボンと言えば「指切りげんまん ウソついたら針千本飲ます 指切った」というわらべ歌が思い浮かびます。 針千本は、千本の針の束ではなく、魚のハリセンボンなのではないかと思いもしますが、古くは全国でハリセンボンと呼んでいたことはなく、わらべ歌の詳細も不明ですので、実際はわかりません。

 

【膨らむ体と起き上がる棘】
ハリセンボンの皮膚は、非常に高い伸縮性をもつ特殊な構造をしています。 危険を感じると口から海水を飲み込み、胃を大きく膨らませることで体全体が膨張すると、皮膚は通常の状態からおよそ40%、体積は約3倍にまで増加します。 体が膨らむことを優先するために肋骨は無く、胃は消化器官としての機能としてよりも、膨らむための器官として機能しています(*2)。

皮膚の真皮には波状に並んだコラーゲン繊維が存在しており、膨張の初期段階では比較的弱い力で柔軟に伸びます。 膨張が限界に近づくにつれてコラーゲン繊維が引き伸ばされ、皮膚は急激に硬くなっていきます。 この性質により、膨らんだ体表は単なる柔らかい袋ではなく、剛性のある防御のための構造として機能します(*3)。

体表の棘は、鱗が棘状に変化したもので、内部の骨格とは直接つながっていません。 棘の根元は皮膚の中に埋め込まれており、皮膚が膨らんで張ることで自然に起き上がる構造になっています。そのため、体が膨張すると自動的に棘が立ち上がり、防御力が高まります。 その後、胃に取り込んだ海水を排出して体が元の大きさに戻ると、皮膚は再び縮み、棘も自然に寝た状態へと戻ります(*2)。

 

【地方名】
ハリセンボン(神奈川県三崎・富山)、ハリセンボ(新潟)、カゼフグ(岩手)、ハリフク・ハリフグ・ハリブク(富山・茨城・和歌山・広島・福岡)、 イラフグ(高知)、バラフグ・イバラフグ(関東・和歌山・高知・瀬戸内各地)、ケンフグ(長崎)*7
ハリオ(越後)、イガフグ(山口県小野田、下関)、イバラフグ(富山)、アバス(奄美)*8
スズメフグ(福井県高浜町)*9

 

参考動画:アバサーとして食べられるネズミフグ

食・利用

沖縄や奄美地域では、ハリセンボンのことをアバサーやアバスと呼び、伝統的な汁物のアバサー汁が親しまれています。
アバサーは複数種あり、ハリセンボンの他に、ヒトヅラハリセンボン・ネズミフグ、イシガキフグなどがありますが、 可食部位である筋肉・皮・精巣の他、有毒部位である肝臓(肝)・卵巣も無毒であるというのが一般的な認識になっています。

毒・危険性

1995年と1996年の沖縄県衛生環境研究所の調査報告では、ハリセンボン・ヒトヅラハリセンボン・ネズミフグ・イシガキフグの肝臓と卵巣からはテトロドトキシンは全く検出されなかったことと、 長年食用とされてきたにもかかわらず、中毒事例が無いことから「ほぼ無毒であろう」としています(*4A*4B)。
また、肝臓組織を用いた実験では、フグ科ではテトロドトキシンが肝臓に取り込まれる一方、ハリセンボン科・ハコフグ科では取り込みが認められず、毒の蓄積に関わる仕組みに差があることが示されています。
ただし、「ハリセンボンがなぜ無毒なのか」という生理学的・進化的な仕組みを直接解明したものではありません。

厚生労働省による通知「フグの衛生確保について」では、フグ中毒事故を防止する目的から、食用にできるフグの種類および部位が厳密に定められています(*6)。 この通知は、個々の魚種の毒性の有無ではなく、誤認や判断ミスによる中毒事故を防ぐための行政的リスク管理として運用されています。
そのためハリセンボンについてもフグ目魚類として一括して扱われ、筋肉・皮・精巣のみが可食部位とされ、肝臓および卵巣は、フグの種類にかかわらず一律に食用禁止とされています。 これらの部位を販売または「提供」した場合、食品衛生法により3年以下の懲役または300万円以下(法人の場合は1億円以下)の罰金が科されます(*7)。

なお、個人が自己責任において肝臓や卵巣を含む料理を「自分で」食べること自体は法律で直接禁止されていませんが、無償であっても家族や友人に「提供」した場合は食品衛生法違反となります。

参考資料

  • 日本産魚類全種リスト(分類情報)
    ▶ 見る
  • JAMSTEC BISMaL(分類情報)
    ▶ 見る
  • *1)ハリセンボンは針千本?
    美ら海だより(2023)
    沖縄美ら海水族館
    ▶ 見る
  • *2)Animal Diversity Web-Diodon holocanthus
    (ハリセンボン(ネズミフグ類)の形態・生態解説)
    University of Michigan Museum of Zoology
    Animal Diversity Web
    ▶ 見る
  • *3)Pufferfish inflation: Functional morphology of postcranial structures in Diodon holocanthus
    (フグ類の膨張行動:ハリセンボンにおける体幹後部構造の機能形態学)
    Erin L. Brainerd
    Journal of Morphology 220(3): 243-261 (1994)
    ▶ 見る
  • *4A)沖縄近海産ハリセンボン類の毒性調査
    城間 博正, 大城 善昇, 山城 興博, 玉城 宏幸
    沖縄県衛生環境研究所 衛生環境研究所報 29号(1995)
    ▶ 見る
  • *4B)沖縄近海産ハリセンボン類の毒性調査 — 卵巣・精巣の毒性試験結果について
    城間 博正, 大城 善昇, 山城 興博, 玉那覇 康二, 玉城 宏幸
    沖縄県衛生環境研究所 衛生環境研究所報 30号(1996)
    ▶ 見る
  • *5)Difference in Uptake of Tetrodotoxin and Saxitoxins into Liver Tissue Slices among Pufferfish, Boxfish and Porcupinefish
    (フグ類、ニセフグ類およびハリセンボン類における肝臓組織切片へのテトロドトキシンおよびサキシトキシン取り込みの差異) Yuji Nagashima, Akira Ohta, Xianzhe Yin, Shoichiro Ishizaki, Takuya Matsumoto, Hiroyuki Doi, Toshiaki Ishibashi
    Marine Drugs (2018)
    ▶ 見る
  • *6)食用のふぐの種類とその可食部位(その1)
    東京都 市場衛生検査所管理課
    ▶ 見る
  • *7)安全なフグをれいきょうしましょう
    厚生労働省健康・生活衛生局食品監視安全課
    ▶ 見る
  • *8)さかな異名抄・朝日文庫・内田恵太郎著 *9)魚の履歴書・講談社・末広恭雄著
  • *10)日本の魚類・大日本国書・田中茂穂著
  • *11)2007年2月に新潟県沿岸へ大量漂着したハリセンボンの記録
    本間義治 青柳彰 伊藤正一 石見喜一
    漂着物学会誌 第5巻:19.22,(2007)
    ▶ 見る
  • *12)八日吹きと針供養 湯梨浜町役場
    東郷町誌 第四編 民俗/第一章 年中行事・第五節 冬の行事
    ▶ 見る
  • *13)コト八日
    連載・特集/新五国風土記・ひょうご彩祭(2018)
    神戸新聞NEXT
    ▶ 見る
  • *14)ハリセンボンの伝承・富山県
    怪異・妖怪伝承データベース
    国際日本文化研究センター
    ▶ 見る